合田智子さん(IFBBプロ)

合田智子さん(IFBBプロ)

合田智子さん(IFBBプロ)

 

海外で野球とソフトボールのプロキャリアを築き、世界5大陸を渡り歩いた後、ボディメイク競技へ挑戦しプロへ転向した、IFBBプロの合田智子さんにインタビューしました。

 


野球とソフトボールの世界から、ボディメイクの頂点へ

―― 自己紹介と、今どんな活動をされているのか教えてください。

合田智子です。

IFBB フィギュアプロとして活動しています。
簡単に言うと、ボディビル競技のプロです。

もともとはプロ野球・ソフトボール選手で、国内外でプレーしてきました。
5大陸すべてでプレーした経験があります。

 

コロナ前の最後はニュージーランドでプレーしていたのですが、コロナの影響で日本に戻ってきて、「何か新しいことを始められないかな」と思っていた時に、たまたまインスタでビキニ選手の投稿を見たんです。


もともと野球時代から、毎日のようにジムに通ってトレーニングはしていましたが、ボディメイクとアスリートのトレーニングはまた別物。
細かいボディメイクを意識して始めたのは、4〜5年くらい前からですね。

 


 

キャッチボールから始まった、私のスポーツ人生

―― スポーツとの出会いについて教えてください。


きっかけは、幼馴染が野球をしていて、そのキャッチボール相手をしていたことです。
そこから自然な流れで野球を始めて、毎日、家と練習の往復でした。

野球は小学校4年生から始めて、その後、中学・高校・実業団ではソフトボールに転向し、20歳くらいまで続けました。

そこから約9年間のブランクがあって、その間にフィットネスの世界に入りました。
ピラティスやボディパンプ、エアロビクスの資格を取って、インストラクターのようなこともしていました。

そんな中で、29歳の時に「女子プロ野球が発足する」というニュースを見て、周りから
「野球も好きだし、ソフトもやってたし、もう一回体を作り直してチャレンジしてみたら?」
と背中を押されて、トライアウトに挑戦したんです。

結果、合格して、30・31歳の2年間プレーすることができました。

―― そこから世界へ出ていくことを決めたのですね。


はい。「野球の原点はアメリカだ」と思って、英語も喋れないし、チームがどこにあるのかもよくわからない状態のまま飛びました(笑)。

そこから「全大陸制覇」にシフトチェンジしていって、野球からソフトボールに転向しながら、世界中を回りました。

 


 

世間の声より、自分の心に従う勇気

―― なぜそこまで海外にこだわったのでしょうか?

女性でも海外に行けるし、活躍できるんだよ、という姿を見せたかった。
それが結果的に、海外に挑戦し続けた原動力になっていたのかもしれません。

やはり20代後半になってくると、周りからは

「結婚しないの?」
「子ども産まないの?」
「女なんだから」
「そろそろ落ち着いたら?」

と、耳にタコができるくらい、何度も言われました。

その度に
「なんでそんなこと言われなきゃいけないの?」
「女性が好きなことをして、何が悪いの?」
と、ずっと思っていました。

もしどこかで結婚していたら、全く違う人生になっていたと思いますし、周りの協力がなければ、女性が活躍するのは今の時代でもまだ難しいと感じています。
だからこそ、「一人で強く、たくましく生きていく」と決めた部分もあります。

―― 結婚や将来について悩むことはありましたか?


正直、「結婚して子どもを産んだ方が、女性としては自分のためになるのかな?」と思ったこともあります。
いわゆる「適齢期」と言われる年齢を過ぎた時に、後悔する自分が出てくるのかな、と考えたこともありました。

でも、いくら考えても答えは出ないじゃないですか。
だったら、とりあえず一歩踏み出してみて、良いか悪いかはその時に判断すればいい。
違うなと思ったら戻ればいいし、「これで良かった」と思えたら、そのまま進んでいけばいい。

そうやって進んできた結果、今の自分にとっては「成功だった」と思っています。
周りがどう言おうと、自分の人生を生きるのは自分だけ。
孤独と戦った時期もありましたが、それも含めて、自分の人生だと思っています。

 


 

「旅」とは、挑戦でありアップグレード

―― 合田さんにとって、「旅」はどんな存在ですか?


旅は「挑戦」です。
海外に単独で飛び込んでいくこと自体が、まさに挑戦でした。

一方で、たまの旅行は、リラックスと自分をアップグレードする時間でもあります。
きれいな景色、芸術、自然、温泉…。
そういうものに触れると、自分自身が少しずつアップデートされていく感覚があります。

海外にいると、日本の良いところも、逆に良くないところも、すごく明確に見えるようになります。
海外の人は、良くも悪くも吹っ切れていて、クヨクヨしない。怒られても「Sorry」と言ったら、すぐパッと切り替える。
それは、当時の私に一番必要な要素でした。

それから「女性はこうあるべき」という思考があまりない。
女性は女性であり、一人の人間として扱われる。
日本人らしく控えめにしていると、プレーの世界では逆にマイナスになることもあって、「自分をしっかりアピールしなければ成功できない」と痛感しました。
そういった意味でも、旅と海外での挑戦を通じて、すごく強くなれたと思います。

 


 

旅に出るから、日本の良さにも気付ける

―― たくさんの国でプレーされましたが、印象に残っている国を教えてください。


正直、どの国も良かったです。

オランダは本当に素敵な国でしたし、ドミニカ共和国は、ある意味で生活水準が低くて、ネズミやゴキブリと一緒に暮らすような環境もありました。
でも、そういう環境を一緒に経験することで、現地の人たちとの距離が一気に縮まったんです。

同時に、「日本にいることのありがたさ」も強く感じました。
何でもそろっている日本の生活って、本当に恵まれているんだなって。

ニュージーランドも良かったし、アメリカも良かった。
日本を離れて、それぞれの国の文化や人たちと触れ合うことで、自分自身のマインドも考え方もどんどん柔軟になっていったと思います。

 


 

支えになった経験と、家族の存在

―― お話を聞いていると、「強さ」の背景には、相当な経験があるように感じます。支えになった経験を教えてください。


一番大きいのは、やはり家族の死です。

まず、本当の父が、私が1歳の時に交通事故で亡くなっています。
記憶はほとんどありませんが、その後、母が再婚して、再婚相手の父もとても良くしてくれました。

でも、女子プロ野球のトライアウトの1ヶ月前に、その母が亡くなりました。
母は私にとって、親友でもあり、母でもある存在で、「母がいない人生をどう生きていけばいいんだろう」と思うくらい落ち込みました。

それでも、母は誰よりもトライアウトを応援してくれていたので、「母への恩返しだ」と思って挑戦しました。
トライアウト前日に、母がフルカラーで夢に出てきて、背中をポンと押してくれたんです。
翌日、トライアウトを受けて、無事に合格することができました。

節目のタイミングでは、必ず母が夢に出てくるんです。
最近もまた夢に出てきていて、「もしかしたら何か良いことが起こるんじゃないかな」とワクワクしています。

その後、姉も亡くなり、再婚した父も亡くなり、家族が次々といなくなりました。
生きていく中で、「死」と向き合う場面が本当に多かったと思います。

だからこそ、私の使命は「生きる力を届けること」なんじゃないかと考えるようになりました。
悩んでいる人、もしかしたら「死にたい」と思っている人に対して、1ミリでもパワーを届けられたらいいなと。

挫折や悲しみの数だけ強くなれたし、それが今の自分の原動力になっているのかもしれません。

 


 

着た瞬間にわかった、心が安らぐ感覚

―― Tabeedgeのパーカーを実際に着てみて、いかがでしたか?

正直、最初は「筋肉で入らなかったらどうしよう」と心配していました(笑)。
でも着てみたら、ちょうど良いサイズで、まず光沢感がとても気に入りました。

それから、リブがしっかりしていて、普通のパーカーのように手首や裾がパカパカしないので、風が入らないし、物も落ちにくい。
フードも大きくて、私のボリュームのある髪でもすっぽり入るんです。

 

チャック付きのポケットも最高です。
私は小銭や細かいものをよく落とすので(笑)
ここに入れておけるのは本当に助かります。

着た瞬間に「心地いい」と感じて、新幹線などの移動のときもリラックスできました。
普段、気持ちが張り詰めていることが多いので、このパーカーを着ることで、ふっと力を抜ける感じがします。

どんな服にも合わせやすくて、大人の女性がシックにもカジュアルにも着こなせるのが、すごく魅力的だと思います。

 


 

 最後に、読者へのメッセージ


私は、自分の体を通して、たくさんの人に勇気を届けてきたつもりですが、
一番大事なのは「頑張りすぎないこと」だと思っています。

「これをしなきゃ」「あれを買わなきゃ」と、どんどん足していくのではなくて、
むしろ「捨てること」を考えて、シンプルに生きてみてほしいです。

今ある生活の中に、すでにたくさんの幸せがあるはずなので、それに気づいてほしい。
もちろん、頑張らなきゃいけない時もあると思うけれど、その時も「一人で頑張らなくていい」と伝えたいです。

周りにサポートしてくれる人がいるなら、その手をたくさん借りていい。
一緒に這い上がっていけばいい。

そして、できるだけ「丁寧な生活」を心がけてもらえたらうれしいです。

私は、いつからでもパワーを届けます。
何かあったら、いつでも飛んでいきます。